Blog 藍色バックヤード

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決意 4.激しい雨が

 網戸に付いた水滴がキラキラ光る。ついさっきまで激しい雨が降っていたが、今は小降り。心なしか空が少し明るくなったような。
 漫画をその辺に放り出して、ベッドの上でうぉ〜んと伸びをした。
 わたしは基本的に外へ出たがりだけど、雨の日は予定が無ければ紅茶と漫画、そう決めてる。静かで平凡な、でも幸せな時間。
 あいつ、うまくやってるかな。
 一瞬親友のことが頭の中を過ぎる。今日はやつと一緒に室内プールでデートしてるはず。
 わたしは再び伸びをすると、体を起こして漫画を手に取った。さあ、ほとんどのストーリーにおいてちょっとしか登場しない天才スナイパー、その彼が纏うプロフェッショナルな空気に同化するのだ。後ろには誰もいないよな。
 しかし、わたしが集中力を高めて国際的な謀略渦巻く世界へ身を投じようとしたとき、それを阻むものが現れた。
 携帯鳴ってる。あれ、あいつから? 今ごろデートの真っ最中じゃ……。
「はいよ〜」
『よかった、出てくれたか』
「おう、どうしたの?」
『実は、助けを借りたい』
「ふむ。報酬は全額前金で、指定したスイスの──」
『彼がトイレに篭って出てこない』
「は?」
 トイレ? 篭る? 何を言ってるかさっぱり分からない。
 私はとりあえずベッドから降て座椅子に座り、落ち着いて話を聞くために紅茶を口に含んだ。
「プールにつかりすぎてお腹下した?」
『いや、まだ彼の部屋だ』
「はぁ!? なにやってんの? ちょっと、状況が全然分かんないよ」
『そうだな……』
 沈黙。わたしは再び紅茶。
『昨日二人で選んだ水着があるだろう』
「あの水色極小ビキニ?」
『そうだ。今日はあれでいく予定だった。しかし──』
「うん」
『彼はいい、彼には是非見てもらいたかったからな。だが、プールで待ち構えているだろう他の獣どもは駄目だ。私は彼のものだからな』
 さりげなくムカツく、もとい、すごいこと言うね、あんた。
『そこでだ。プールに行く前に彼の部屋で彼にだけ、あの水着姿を見せようと思った。プールへは別の水着で行くことにしてな』
「はぁ」
『そして私も彼の裸体……水着姿を堪能したかったから──』
 おい、言い直しただろ。しかもなんでそこだけ言い直す。
『私だけでなく、お互いの水着姿を披露しあって、それからプールに行くことにしたんだ』
「なんか、ビミョ〜にマニアックなプレイな気もするけど、まぁいいわ。それで?」
 つか、ちゃんと話の核心に迫ってるんだろうか?
『まず彼が先に着替えた。そうだっ、おいっ!』
「な、なによ」
 急にでかい声だすなっ! ティーカップが載ったテーブルを蹴っ飛ばしちゃったじゃない。
『彼は背が低いし身体も小さいだろう? しかしな、すごいぞ!』
「だ・か・らっ、な・に・がっ」
『彼はな、着やせするんだ、本当は逞しいんだ! 無駄な贅肉はもちろん無い。そしてあの童顔からは想像できないくらい、男らしい身体なんだ。あ、マッチョではないぞ。さりげなく男らしい身体つきだ。あぁ、あの彼に抱きしめられる日を想像──』
「お〜い、戻って来い」
『……すまない』
 なにをやってんだ。だいたいこんな電話してきたの、緊急事態だからなんじゃないの?
『それで、どこまで……』
「彼が先に着替えたっ!」
『そうだ。そして今度は私が水着に着替えたんだ』
「やっと彼の前で服を脱ぐチャンスが来たわけね」
 と、冗談で言ったんだけど、
『そうだ、彼の前で脱いだ』
「え!? ほんとに彼の前で脱いだの? その、洗面所借りるとか」
『心配ない。服の下に水着を着てきたからな』
 小学生か、あんたは。
『彼は喜んでくれた……と、思う』
「思う? なんでそんな言い方なの?」
『そこなんだ。綺麗だ、って言ってくれたんだが──』
 少しだけ彼女の声が沈む。
『そう言ってくれたあと、すぐにトイレに駆け込んでしまったんだ』
「はぁ」
『しかもな、何故かものすごく前かがみな姿勢で、だ。おかしいだろう?』
 なんか、携帯の向こう側から急激にアホらしい空気が流れてきた気がするんですけど。
 わたしは思わず眉間に手をやり、揉んでしまった。
「あのさ、水着姿を見せたって、どう見せたの? モデルみたいに立って?」
『最初は立った状態のまま服を脱いだだけだ』
「最初は?」
『ああ。しかし彼がなかなか顔を上げてくれなくてな。だから彼の目の前に寄って、手で顔を上げさせた』
 突きつけたわけだ、あの巨乳を、やつの目の前、ゼロ距離で。そりゃ前かがみにもなるでしょうよ。
「あーはいはい、分かった分かった、心配ないわ」
『本当かっ?』
 前々から思ってたんだけど、やっぱ変だ、こいつは。やつの前で惜しげもなく水着姿になる一方で、相手の反応の意味が分かってないなんて。
「あのね、いい? あんたはやつに水着姿、しかも極小ビキニあ〜んど巨乳姿を見せつけたのよ? 男がどう反応するかくらい分かるでしょ?」
『……』
「しかもやつも水着姿なんでしょ? そりゃ困るわよ」
『……そうか、彼は私に欲情してくれたんだな』
 欲情って、官能小説かい。あんた、そんな趣味あったの?
『彼は非常に奥ゆかしいからな。そうか、そんな彼もやっと……』
 この時点で、わたしの頭の中は「アホ」が充満しつつあった。いっそのこと、彼女にトイレのドアを蹴破らせ、突入させてやろうかとも思ったんだけど。
 まぁさすがにそれはアレだし、むしろ彼女を暴走させないように、対処方法を教えることにした。
「あのね、とりあえずもう5、6分待ってみなさい」
『しかし、もうすでに──』
「いいから! 待ってみてそれでも出てこなかったら、そうね、ドアの前で九九を唱えるの」
『九九?』
「そうよ。それで駄目なら元素記号。暗記したでしょ、語呂合わせ。それでも駄目なら三平方の定理でも解説してあげて」
『おい、いったいそれに何の意味が』
「何だっていいのよ。とにかく数学とか化学とか理系の難しそうな話とか、もしくは歴史の年表とか、そんなのを唱えてあげればやつの心は安らかさを取り戻すから」
『彼は確かに数学が得意だが……。それにお前にとって九九は難しいのか? まぁいい、分かった、お前を信じよう』
 そんなに長い時間電話しているわけじゃないんだけど、わたしの全身はなんともいえない疲労感に包まれていた。
『ありがとう。やはりお前は頼りになる』
「はいはい。いいから早くプール行きな、ね?」
『ああ。そうだ、念のため』
「なに?」
『私はお前を信じているが……。つい興奮して彼の身体のことを話してしまったからな。まぁ彼の逞しい肉体を想像してしまうのは、許そう。しかし、だ。もし彼の肉体を想像して自慰などしようものなら──』
「するかっ、アホッ!」
 ピッ!
 私はテーブルに上半身を突っ伏した。目の前にはさっきまで読んでいた漫画。この漫画の主人公が持ってるライフル、どこかで売ってないだろうか?
 気がつくと、雨は再びその激しさを増し、まだ昼だというのに夕方のような暗さに。
 わたしの優雅でスウィートな時間を、返せ。

2007.06.20


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プロフィール

Author:ハマベユカタ
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